戦後の住宅政策の「三本柱」にならっていえば、小泉構造改革の住宅政策に関わる「三本柱」は、特殊法人改革、三位一体改革と住宅関連三法の改正、それに住生活基本法の制定ということになります。この三つによって住宅政策から「公」の役割が撤退していくことになり、市場化への道が大きく切り開かれることになるのです。とはいっても、特殊法人改革は中曽根内閣からの引継ぎ事項のようなものでした。すなわち、中曽根内閣当時の一九八六年、行革審が特殊法人改革について答申を行うのですが、その中で住宅公団を引き継いだ住宅・都市整備公団に関して「住宅不足が量的に充足され、かつ民間の住宅供給力が質的にも充実していることにかんがみ、事業を住宅の新規供給から都市の再開発事業に重点を移す」ことが打ち出されます。
(参考)
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これを受けて九五年一一月、「特殊法人の整理合理化について」が閣議決定されます。また住宅金融公庫については、すでに八二年七月の臨時行政調査会の答申において「民間金融との適切な役割分担のもとで事業規模の設定を行う」ことが明示されています。これも閣議決定に明記されることになります。小泉構造改革の「原点」はここにあるといっていいでしょう。すなわち小泉構造改革は中曽根内閣が敷いたレールの上を走り出すことになるのです。