パーティーやインタビュー取材を受けるときは、前がボートネックで後ろが深くVに開いた艶やかなシルクの黒いプルオーバーが制服だった。それを普段のパンツやスカートの上に着れば、瞬時にして「抑えの効いた」ソワレができあがる。二つのパーティーを掛け持ちするときは、会場に向かうタクシーの中で前後を逆に着替え、襟開きに合ったネックレスをバッグから取り出してつければ準備完了。着ていて不安にならないデザインと質の良さ。からだに沿ったラインなのにパターンに余裕があり、疲れない。そして、ジャケットもパンツもスカートもインナーすべてがスイッチ可能の経済性。それらは、働く女を援護射撃する優れた「皮膚」のひとつだった。しかしそのころすでに、ニューヨークのダナキャラン本社では、社運に駱りが見え始めていたようだ。わたし自身も仕事に余裕ができ、好きなものを好きなように着るようになっていった。もう戦闘服で武装する必要はなくなった頃、ふと思い出していつもの店に行くと、コーナーごとなくなっていた。いつのまにか、彼女の服はわたしの中で忘れられたものになっていった。新しい世紀がきて、経営がLVMHグループに変わり、ダナキャラン自身はデザインに専念で表参道のブティックを覗いてみると、あの頃の戦闘モードのパンツスーツは影を潜め、ゆったりとした大人の、でも着やすさやラインの美しさは変わらない服が並んでいた。