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より白い光に近づけたもの

1901年に米国のピーター・ヒューイットは、現在の蛍光灯と同じ「低圧水銀ランプ」の特許を取った。この4フィートもの長さの明かりは青緑色で、有機染料の黄色がかった赤に光る「ローダミンB」を蛍光灯の外側に塗って、より白い光に近づけたものであった。ローダミンBは紫外線によってすぐに槌色するため、実用にはならなかったものの、彼は現在の実用的な蛍光灯の創始者と呼ばれている。1910年にフランスのジョルジュークロードによって、赤い光を発する「ネオン管」が発明され、1920年にはアルゴンと水銀を用いて、紫外線の放電効率は60%にもなった。さらに1930年代になるとジョルジュークロードの従兄弟であるアンドレークロードによって、蛍光灯の開発が精力的に行なわれ、1938年までには市販されるに至った。1934年には英国のGEC社(米国のGE社とは関係がない)が、35ルーメンノワットという効率の高い緑色の蛍光灯に成功している。第3話にも登場した「ルーメン」は光の量をあらわす単位だが、すべての波長の光ではなく、緑をピークとする、人間の眼が感じる可視光領域を規定している。赤から赤外線領城に光を放射する白熱電球は、ルーメンノワットであらわすエネルギー効率は低くなる。一方、ドイツのレクトロン社のエドムントーガーマーは、フリードリヒーマイヤーとハンスーシュパナーとともに1926年、新しい蛍光灯の方式の特許を出願した。この特許は1927年に米国に出願され、じつに13年後の1939年に権利化された。この特許は、「両端に電極があり、かつ不活性ガスと金属蒸気を含む密閉容器中で放電を発生させて、その光を利用するランプ。不活性ガスとはネオンやアルゴン、金属蒸気とは水銀であり、発生した紫外線により容器内の蛍光体にエネルギーを与え、蛍光を発生させてもよい」というものであった。これが、現在の蛍光灯の原理的な構成を示すものである。その意味で、ガーマーらを蛍光灯の真の発明者と呼ぶ人もいる。この蛍光灯は、効率のよい電子放射の電極とタングステン酸カルシウムと珪酸亜鉛蛍光体とを組み合わせて、1932年に市販されるようになる。しかしレクトロン社は蛍光灯事業には積極的ではなく、この特許は米国のゼネラルーエレクトリック(GE)社に売られることになる。